杖にIoT? オートバックスが「見守り」を新事業にするワケ

2019年03月13日ITmedia ビジネスオンライン

 
 カー用品店として知られるオートバックスセブンが、新事業に着手している。さまざまなモノがインターネットにつながるIoTの技術を活用するという。

 自動車とIoT技術は密接に関係している。だから、通信技術を活用したカー用品を展開するのかと思いきや、そんなに単純ではない。

 新サービスの一つは「杖(つえ)」だ。高齢者や視覚障害者などが外出時に使う杖に取り付けるIoT機器の提供サービスを2019年夏ごろに開始する。この機器で、位置情報や移動情報を家族が把握したり、本人が緊急事態を知らせたりできる。このサービスのように「見守り」をキーワードとしたIoT事業を展開していくという。

 なぜ杖なのか。なぜクルマと離れた事業を展開するのか。そこには、IoTプラットフォーム構築の先にある、将来を見据えた事業構想があった。

自動車以外の成長ドライバーが必要

 まず、オートバックスセブンがIoT事業に参入するのはなぜだろうか。

 カー用品で知られる同社だが、新事業に取り組むのは初めてではない。社名のAUTOBACSには「アピール」「ユニーク」「タイヤ」「オイル」「バッテリー」「アクセサリー」「カーエレクトロニクス」「サービス」の頭文字が含まれ、創業当時から続いている6商品で独自の価値を提供し続けていることを表す。それに「第7の商品」という意味の「セブン」を加えている。「常に7つ目を探し続ける、というのが理念です」と、同社ICT商品部長の八塚昌明氏は説明する。

 これまでにも、洗車専門店の展開や、女性を意識したオリジナルカー用品ブランドの立ち上げなど、新しい事業に取り組んできた。今回のIoT事業も同じ考え方だが、「自動車関連ではない事業は初めて」(八塚氏)だという。

 「カー用品店は40年以上続く事業ですが、これから国内で市場が大きく成長していくわけではありません。自動車のアフターサービスにおけるシェアを守りながら、5年後、10年後を考えて、新たな成長ドライバーをつくることが必要なのです」と、八塚氏はIoT事業参入の理由を話す。

 自動車関連ではないといっても、IoT事業の考え方はこれまでと大きく異なるわけではない。共通キーワードは「安心・安全」だ。「安心・安全は大切にしている価値の一つですが、ライフスタイルの中で安心・安全が求められるのはクルマだけではありません。さまざまな場面でサポートするべきだと考えています」(八塚氏)。オートバックスの来店者の年齢層も少しずつ上がっている。クルマ以外の場面でもサービスを提供し、お客さんの安心・安全に貢献したいのだという。

なぜ「杖」にIoT機器? プラットフォーム活用の広がり

 では、同社が構築するプラットフォームとはどういったものだろうか。約2年前から開発に取り組んできたIoTプラットフォームは、幅広いサービスに活用できるようにしていることが特長だ。

 車載器など、さまざまな通信機器から収集したデータをもとに、位置情報や購買情報などを独自プラットフォームとして構築。この基盤をサービス開発に活用する。その内容は「高齢者運転見守り」「おでかけ見守り」「カーシェア・ライドシェアサービス」などのほか、「登山者見守り」「害獣駆除支援」なども視野に入れている。サービス提供を目指す自治体や企業が、ニーズに応じて柔軟に活用できる共通プラットフォームだ。

 サービス開発を目指す事業者にとっては、プラットフォームを活用すれば、事業の立ち上げや撤退のハードルが下がる。莫大な投資をする必要がなく、リスクを低減できる。そのため、サービスの利用料も低く抑えることができる。

このプラットフォームを活用した新サービスの一つが、冒頭で紹介した「杖」だ。自動車関連として、高齢者がクルマで出掛ける際の「運転見守り」用のIoT機器の開発も進めているが、「移動はクルマだけではない」(八塚氏)。特に高齢になってくると、杖やシルバーカーと共に外出することも多くなる。「クルマ以外の移動シーンにも課題があると考えました」(同)

 高齢者に日ごろの行動などをヒアリングをした結果、「杖にIoT要素を加えれば、見守りサービスができるのではないか」と考え、機器の開発を開始。実証実験を実施し、高齢者に使ってもらったところ、「使ってみたい」という声が多かったという。

 現在は、九州で視覚障害者用の杖に機器を取り付ける実証実験を実施し、機器の改良を進めている。「現在のデモ機は重さ55グラムで、杖に取り付けるには大きくて重い。最終的には500円玉ほどの大きさにして、約30グラムまで軽量化する計画です」(八塚氏)

 機器にはGPSが搭載されており、現在の居場所や移動履歴を把握できる。また、緊急通知ボタンが押されると、コールセンターから緊急連絡先に連絡が行くようになっている。さらに、自宅や特定の施設の周辺エリアを設定すると、そのエリアから外に移動したときに家族などに通知される。

 19年夏ごろに発売予定で、本体価格は税別1万円以下、利用料は月500円以下を予定している。

IoTプラットフォームの可能性を広げる

 外出時だけでなく、一人暮らしの高齢者を自宅で見守るサービスの提供も始める。IoTデバイス開発のハタプロ(東京都港区)が開発した小型ロボット「ZUKKU(ズック)」を活用した見守りサービスだ。

 わずか10センチの大きさのミミズク型ロボットのZUKKUには、人工知能(AI)による対話機能や人感センサーを搭載。高齢者の生活の様子を家族に知らせることができる。タブレット端末とセットで提供することで、専用アプリを通じて通話などもできる。

 このサービスも19年夏ごろに開始予定。本体価格は税別5万円以下、利用料は月1000円以下を予定している。

 このように、オートバックスセブンは高齢者を中心とした見守りサービスを皮切りに、プラットフォームの活用を進めるようだ。今後は「安心・安全」を軸に、幅広い分野のサービス展開を目指す。IoTプラットフォームを活用して地域社会の役に立つ事業として、「WEAR+i(ウェア アイ)」というブランドも立ち上げた。

 その活用可能性は多岐にわたる。安全運転サポートやカーシェアリングのような「交通安全・地域交通」分野はもちろん、杖による見守りサービスなどの「介護福祉分野における移動・生活支援」、登山者見守りや観光地データ集計などの「観光」、センサーによる鳥獣害対策などの「農業支援」、災害時の情報収集や電動車両による電源供給、災害予測などの「地域防災と防犯対策」――などといった分野に広げる計画だ。自治体や企業と連携して「安心・安全」を突き詰めていく。

 「さまざまな企業に、プラットフォームを活用してサービスを開発し、アイデアを実現してもらいたい。私たちが思ってもいなかったようなサービスが生まれる期待もあります」と八塚氏は話す。IoTを使ったサービスの基盤を提供することで収益を得られるようにしていくことが目標だ。

 そして、クルマだけにとどまらない、あらゆる生活シーンに密接した企業になることを目指す。「これまではお客さまとの接点が店舗だけでした。新しいサービスを通して店の外でもつながり続けることで、より身近に感じてもらえるようになりたいですね。(本業との)シナジーを生み出せたら」(八塚氏)