増える「高齢おひとり様」 死後託すサービスに広がり

2019年07月13日日経新聞

 
ひとり暮らしの高齢者が増えている。近くに家族や近親者がいなければ、自身の最期や死後の手続きを誰に託すか不安に感じる人もいるだろう。そんな「おひとり様」向けに終活を支援する動きが広がっている。自治体が地域住民向けに始めたことに加え、民間企業も新たに参入するところも出ている。見守りや安否確認だけでなく、葬儀や納骨など死後の手続きをパッケージにして提供するサービスもある。「周囲に迷惑をかけず、安心して老後を過ごすことができる」仕組みという。

■増加する引き取り手のない遺骨

「私し死亡の時 十五万円しかありません 火葬と無縁仏にしてもらいせんか 私を引取る人がいません」(原文ママ)。神奈川県横須賀市で70代の男性がこんな書き置きを残して亡くなった。「ビックリした。読んで泣けてきた」と話すのは同市福祉部福祉専門官の北見万幸さん。4年前のことだ。市ではちょうど低所得のおひとり様向けに事前に費用を払ってもらい、死亡時に望む葬儀・納骨をする事業を始めたばかりだった。事業はスタートしたものの「本当にお金を払って契約する人がいるのか、モヤモヤしていた。そんなときにこの書き置きが出てきた。所得が少なくても自分の供養代として20万~30万円残して死ぬ人は多いという自分の考えは間違っていなかった」と北見さんは振り返る。

きっかけは引き取り手がいない遺骨の増加だ。2000年以前は年間10柱程度だったが、右肩上がりに増えて14年度には60柱になった。しかも大半は身元がはっきりした遺骨だ。通常なら家族がいて火葬し納骨するが、身寄りがないか、いても疎遠ならば、そうした手続きをする人がいない。多くは高齢のおひとり様だ。通常は市が火葬して納骨堂に安置するが、それだと市の負担がどんどん増えてしまう。納骨堂もいっぱいになった。そこで始めたのが前述の「エンディングプラン・サポート事業」だ。「低所得(月収18万円まで)」「低資産(預貯金225万円以下など)」「頼れる親族がいない」などを条件に、緊急連絡先や延命治療の要不要、葬儀や納骨などの希望を聞き取って登録する。そのうえで葬儀会社を紹介し、25万円払って生前契約を結んでもらう。地元の10社の葬儀会社が協力を申し出た。今年3月末までに40人が登録し、9人はすでに葬儀・納骨を済ませたという。

■葬儀の生前予約や情報登録など様々

「事業を始めると経済的に余裕があるお年寄りから『自分は登録できないのか』と連絡があった。引き取り手のない遺骨は何も低所得者だけとは限らない。葬儀や納骨は民間の業者と自由に契約してもらい、その結果や情報だけ市に登録してもらえばよいと気付いた」と北見さん。そしてもう一つの「終活情報登録伝達事業(通称=わたしの終活登録)」が昨年から始まった。緊急連絡先に加えて、エンディングノートや遺言の保管場所、墓の所在地などの11項目から自由に登録してもらい、病院や警察などから問い合わせがあれば市が回答する。昨年11月に初めて登録者が亡くなった。姪(めい)から連絡があり、登録情報を伝えたところ、親族は全員火葬に間に合い、遺書も指定された場所から出てきたという。北見さんは「シナリオ通りに進んだ。登録は現在120件程度だが、問い合わせは多い」と今後の登録者の増加を期待する。

高齢の「おひとり様」が増えている。18年の「国民生活基礎調査」(厚生労働省)によると、65歳以上の人がいる世帯では単独世帯が27.4%に上り、これまでで最も多くなった。高齢の夫婦だけという「おひとり様」予備軍を加えると全体の6割近くに達する。かつて主流だった三世代同居は今や1割となった。終活支援に取り組む自治体が増えているのは、こうした世帯構造の変化が背景にある。高齢の単独世帯は孤独死や引き取り手のいない遺骨になりかねない。神奈川県では横須賀市のほか、大和市が実施するほか、千葉市や東京都中野区なども手掛ける。

■葬儀から納骨までパッケージにして提供

民間企業も様々な形で終活支援に取り組む。終活関連サイトを運営する鎌倉新書もおひとり様向けに葬儀・墓・死後事務の手続きをサポートする「いい生前契約」と名付けたサービスを6月から始めた。49万8000円(税別)で、火葬のみの葬儀(直葬)と、保険証や免許証の返納といった死後の手続き、納骨までをパッケージにして提供する。対象は50~80代のおひとり様とその予備軍。同社の提携会社で直葬を執り行い、すでに墓を持っている人は指定場所に納骨、墓がない人は同社が運営するサイトと提携している霊園の合祀(ごうし)墓に納める。

鎌倉新書はおひとり様の終活を「ソロ終活」と名付け、5月に60代以上の単身者らと夫婦のみで暮らす500人以上を対象に実態を調査した。いずれひとりで最期を迎えることに対して不安を感じる人は、全体の半数近くを占め、その理由に挙がった「託す人がいない」「孤独死」「専門知識がない」を三大不安要素とした。不安があるがまだ準備ができていない項目では、死亡届などの役所への提出や公共料金の解約手続きといった「死後事務」が87%に達し、最も多かった。「いい生前契約」では葬式や墓だけでなく、死後事務も加えたのはこうした背景があったからだろう。サービスを担当する執行役員の田中哲平さんは「おひとり様と接点のある事業者や終活支援を考える自治体とも組んでいきたい」と話す。

生前契約といえば、NPO法人の「りすシステム」(東京・千代田)や「きずなの会」(名古屋市)などが有名だ。死後事務に加えて身元保証や生活支援・葬送支援など様々なサービスを引き受ける。内容を充実させれば金額はかさむ。プランによっては100万円を超える場合もある。どちらかといえば資金に余裕がある人向けといえる。新規参入も増えている。「フェリーチェ結う」(東京・豊島)も昨年8月に事業を始めた。病院に入院する際の保証人業務や安否確認、葬儀や納骨などのエンディングサポートを主体に基本料金は92万円(税別)となっている。「当初はシングル女性向けだったが、今は男性にも対応している。がん患者をサポートしたり、ペット(成猫)と一緒に暮らしたり、おひとり様の生活の向上にも力を入れたい」と代表理事の杉浦秀子さんは他社との差別化を目指す。

■社会的な孤立防ぐ仕組みづくり重要

「孤独死対策サミット2019」と名付けたイベントが東京都内で開かれたのは5月中旬だった。ミニ保険を専門に扱う日本少額短期保険協会(東京・中央)が主催し、200人以上の関係者が集まった。「自宅内で死亡した事実が死後判明に至ったひとり暮らしの人」を孤独死と位置付け、現状が報告された。15年4月から4年間で孤独死した人は計3392人。うち男性が8割以上を占め、女性よりも孤立しやすい状況が浮き彫りになった。現役世代も男性で37%、女性で41%おり、必ずしも高齢者に限った問題ではないが、発見までにかかった日数は平均で17日、中には90日以上たっていたという事例もあり、身につまされる内容だった。孤独死があった部屋は残置物の処理などに費用がかかるだけでなく、その後で入居者を探すのも難しくなる。家主が受ける損害は原状回復や家賃保証などで約90万円だったという。


同サミットでは、国土交通省の担当者によるおひとり様向けの住宅セーフティーネット制度の解説、遺品整理業者からの現場報告、少額短期保険会社が扱う「孤独死保険」の案内もあった。東京都健康長寿医療センター研究所(東京・板橋)の研究員・桜井良太さんは「社会的孤立は死亡リスクを約1.5倍高める。外出して他者と交流したり、地域で見守るシステムをつくったりすることが重要」と説明した。そのうえで事業者による各種見守りサービスの紹介もあった。電気使用量の変化で居住者の「いつもと違う」状況を検知する「見守り電気」、事前に指定した曜日・時間に電話がかかって安否を確認する「見守りにーよんコール」など低価格のシステムだ。終活支援のサービスが多様化する一方で、高齢のおひとり様の増加にまだ対策が追いついていない現状を感じさせた。